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プチ隠遁者としてのソロー:トランプの時代に読むソロー(その7)

   2017/03/22

 

 ソローは森にひきこもりました。

 

 けれども二年と二ヶ月の後にその森を後にしました。

 

 それもみずからの意志でです。

 

 一般に、ソローは“森に入った人”と考えられていますが、“森を出た人”でもあることをわすれるべきではないでしょう。

 

 そこがソローと“隠者”とのちがいです。

 

 『ウォールデン』の最初の段落でソローは書いています。

 

 「私は二年二カ月のあいだ、そこで暮らした。現在はふたたび文明社会の逗留者となっている」。

 

 「逗留者」の原語は sojourner です。

 

 この語には「一時的な滞在者」といういみあいがあります。

 

 上の一節からわかるのはつぎのことです。

 

 まず、作者が過去において文明社会の「一時的な逗留者」であったということ。

 

 「ふたたび」という語がそれを示しています。

 

 そして、将来的に森に戻ってくるかもしれないこと。

 

 作者は永久に森を去るのではなく、「一時的な滞在者」として文明社会に戻って行くだけであると読めるからです。

 

 上に引いたのは岩波文庫版ですが、講談社学術文庫版では「住人」、小学館文庫版では「文明化した社会をうごめいて生きる身」と訳されていて、残念ながら原文のニュアンスが伝わりにくくなっています。

 

 ソローが文明社会の「一時的な滞在者」であるということは、ぎゃくにかんがえれば、森の「一時的な滞在者」であるともいえるかもしれません。

 

 その有名なエッセーに「歩く」(Walking)というタイトルをつけていることからもわかるとおり、ソローは「歩くこと」を人間のなによりも基本的な行為とかんがえていました。

 

 一箇所にとどまるのではなく、「旅人」あるいは「異人」として移動しながら生きていることが人間の本来のありかたであるとかんがえていたのです。

 

 ぎゃくにいえば、一箇所にとどまっていることは、たまたまのことでしかありません。

 

 ソローは大学を出てから十二年間で八回も住居を変えています。

 

 住まいというものが本質的に“仮の宿り”であるという考え方には、もしかするとそういう経験もあずかっているのかもしれません。

 

  閑話休題

 

 ソローが居を構えたウォールデンの森は、けっして“人里離れた”場所にあったのではありません。

 

 「われわれはとかく、類いまれな楽しい場所というものは、喧噪の巷から遠く離れた、太陽系のはるかかなたの、より天上的な一角に、たとえばカシオペア座の向こう側にでもあると想像しがちだ。わたしはじぶんの家が、ほんとうに宇宙のそうした片隅にあって、しかも永遠に新しくけがれを知らない場所であることを発見したのである」。

 

 ソローはまわりよりも低い位置にあって、うまい具合に森に隠れるようになっている願ってもない立地の住まいを近場に見つけることができたので、わざわざ人跡未踏の僻地に赴かなくても済みました。

 

 しかし、これはたんなる偶然でしょうか。

 

 ソローは森での生活を「実験」と形容しています。

 

 本格的な隠遁ではなく、“ごっこ”とはいわないまでも、いわば“プチ隠遁”であることがソローにとっては重要なのです。

 

 ですから、町から二マイルしか離れていない森をあたかも人跡未踏の奥地であるかのように“見立てて”いることがミソなのではないでしょうか。

 

 「どの隣人からも一マイル離れた森の中」という位置どりを、遠いととるか近いととるかは微妙なところです。

 

 そしてこの微妙さこそが重要なのです。

 

 そもそも、ソローが森に入った理由は何でしょうか。

 

 ソローはこう書きます。

 

 「わたしが森へ入ったのは、思慮ふかく生き、人生の本質的な事実のみに直面し、人生が教えてくれるものをじぶんが学びとれるかどうかたしかめてみたかったからであり、死ぬときになって、じぶんが生きてはいなかったことを発見するようなはめにおちいりたくなかったからである。人生とはいえないような人生は生きたくなかった」。

 

 つまり、ソローが森に行ったのは、生きるためです。

 

 しかし、生きるためとは、食べていくため、「ビジネス」のためということでもあります。

 

 「わが同胞市民が、わたしに郡役所の仕事も、副牧師の職も、ほかの生業も提供してくれる気配はなく、じぶんでやりくりしていかなければならないことがわかったので、わたしはまえよりもひたむきになって、もっと自分の顔がきく森のほうに顔を向けるようになった」。

 

 擬人法によって森が就職斡旋者であるかのように表現されていることに注意しておきましょう。

 

 『ウォールデン』のなかで、ソローは自然を「血縁関係」によって結ばれた「友人」となんども形容しています。

 

 引用のつづきです。

 

 「わたしはおきまりの資本というものが手にはいるまで待ったりはしないで、前から手元にあったわずかばかりの資金をもとに、さっそく仕事にとりかかる(go into business)ことにした。わたしがウォールデン池へ行った目的は、そこで安上がりに暮らそうとか、贅沢に暮らそうとかいうのではなく、ある個人的な仕事をなるべくひとから邪魔されずにやりとげるためであった」。

 

 「ある個人的な仕事」の原語は some private business です。

 

 岩波文庫版の注は、この「仕事」を処女作である『コンコード川とメリマック川の一週間』執筆と特定しています。

 

 ジェフリー・クレイマー編になる「完全注釈版(A Fully Annotated Edition)」も、この「仕事」にはすくなくとも同書の執筆が含まれるとしています。

 

 小学館文庫版は、「一市民としての大切な仕事」と踏み込んだ訳語をあて、

「家を建て畑を作り、豆を育て、日雇い労働者として収入を得て」「余暇を観察と著述に使い、二冊の著書の原稿の多くを書き、二回の講演をし、三冊目の著書の最初の三分の一を書いた」と注釈しています。

 

 すぐ先のくだりには、こんな一節もあります。

 

 「わたしは、いつもきちょうめんな実務家の習慣(strict business habits)を身につけようと努力してきた」。

 

 「完全注釈版」は、家業であるグラファイト製造業および監視人としてのソローの「商才」に触れています。

 

 いずれにしても、ソローが森に赴いたのは、「ビジネス」のためであり、隠居生活のためではありません。

 

 「邪魔(obstacles)」が入らない環境でいかに「ビジネス」を効率的に遂行するか(transact)を考えた結果のことです。

 

 資本主義社会は効率性を追求する社会だとおもわれていますが、ソローは資本主義の世の中がどんなに不効率であるかをくりかえし説いています。

 

 世間で「必要な品」とされているものは贅沢品にすぎません。現代人はそれなしでも生きていける贅沢品を購入するために貴重な時間を犠牲にして労働に励みます。

 

 結果として、生きるための時間を“無駄”にしているのです。

 

 世間で「貧しさ」と言われているものは、実のところ、「わずかなもので満足できる豊かさ」にほかなりません。

 

 資本主義の世の中になる以前に、「貧困」ということばは存在しませんでした。

 

 ついでに言うと、「孤独」ということばがネガティブないみあいを帯びるようになったのも、世の中が社交にふけるようになり、同じ会話を義務のように反芻することに満足を覚えるようになってからです。

 

 実際には、ひとは他人といるときにしか孤独を感じることはありません。

 

 「わたしはひとりでいるのがすきだ。孤独ほどつきあいやすい友には出会ったためしがない。われわれはじぶんの部屋にひきこもっているときよりも、そとでひとに立ちまじっているときのほうが、たいていはずっと孤独である。ものを考えたり仕事をしたりするとき、ひとはどこにいようといつでもひとりである。孤独は、ある人間とその同胞をへだてる距離などによっては測れない。ハーヴァード大学のにぎやかな寮の一室にいるほんとうに勤勉な学生は、砂漠の修道者とおなじように孤独である」。

 

 有能なビジネスマンは、本質的に「孤独」であるということでしょう(笑)。

 

 スタンリー・カヴェルは書いています。

 

 「『ウォールデン』の言いたいことは、隠遁してひとりになれということではない。そうではなく、われわれがひとりであるということ、そして、けっしてひとりではないということである」(『センス・オブ・ウォールデン』)。

 

 ひとはひとりになるために森へ行くのではなく、ひとりであるからこそ森へ行くのです。

 

 森でひとはじぶんがもともとひとりであることを発見するのです。

 

 つまり森は現実逃避の場所ではなく、現実と向き合うための場所です。

 

 ソローにとって、自己を発見することは、すぐれて世間から隔絶された場所において実現されます。

 

 「迷子になってはじめて、つまりこの世界を見失ってはじめて、われわれは自己を発見しはじめる」(第八章「村」)。

 

 カヴェルによれば、ソローにとっての「わが家」とは、そこでひとがじぶんを発見することのできる場所です。

 

 「わたし」が誰であるかがわかるからこそ、その「わたし」のいるところが「わが家」であるとわかるのです。

 

 ぎゃくにいえば、ひとがじぶんを発見するところは、それがどこであれ、「わが家」となり得ます。

 

 「わたしには、どこに腰を下ろそうと、そこがわたしが暮らすさだめの場所におもえた」。

 

 ソローにとって、ひとはたえざる移動、たえざる生成変化の相に置かれています。

 

 それゆえ、自己とは「たえず発見されつづけるもの」(カヴェル)です。

 

 言い換えれば、生きるということが、自己を新たに発見することの連続としてあるのです。

 

 ですから、ひとは「わが家」をいくつももっているということになります。

 

 ソローにとって森へ入ることは、ビジネスのためであり、いわば出張とおなじです。ですから、仕事が済めば引き上げてくることになります。

 

 ソローにとって、居心地のよい森も数ある「わが家」のひとつにすぎないのです。

 

ソローは書いています。

 

 「わたしは、森にはいったときとおなじように、それ相応の理由があって森を去った」。

 

 「完全注釈版」によれば、この「理由」とは、とりあえずはヨーロッパへの講演旅行に出るエマソンの留守中に一家のお守りをする役目を仰せつかったことです。

 

 しかし、その五年後ほどあとの日記にソローはこう書きつけています。

 

 「わたしはなぜ心変わりをしたのだろう? なぜ森を去ったのだろう? わたしにそれが説明できるとはおもわない」。

 

 さきほどの引用をつづけます。

 

 「おそらく、わたしにはまだ生きてみなくてはならない人生がいくつもあり、森の生活だけにあれ以上の時間を割くわけにはいかないと感じられたからであろう」。

 

 「人生」(lives)は文字どおりに「生命」のいみでとるべきかもしれません。ソローはつづけます。

 

 「おどろくなかれ、われわれはそうとは知らぬ間に、いともたやすく一本のきまった道を歩くようになり、じぶんの道を踏み固めてしまう」。

 

 踏み固められた道は「すり減ってほこりだらけとなり、そこには因襲や順応という深い轍が刻まれてしまうだろう」。

 

 そしてこうつづきます。

 

 「わたしは、一等船室に閉じこもって旅をするよりも、ヒラの船夫としてこの世界のマストの前に立ち、甲板上にとどまりたいと願っていた。そこにいると、山あいを照らす月の光がじつによく見えたからである」。

 

 これは『ウォールデン』最終章からの引用ですが、章の序盤で用いられている“人生=航海”という比喩を引き継いだ言い方です。

 

 ソローが森に入った日が独立記念日と重なっていたことにはすでに触れました。

 

 カヴェルによれば、そのいみで、ソローが森に居を構えたことは、ピルグリム・ファーザーズらの入植の「再演」であるとも解釈できます。つまり、森とはアメリカそのものなのです。

 

 いずれにしても、文明と自然を対立的に捉え、ソローにおける森を“文明”と対置されるかぎりでの“自然”と同一視することはミスリーディングな見方です。

 

 ソローはこう言っています。「野生とは、人間の文明とは相容れない、もうひとつの文明なのだ」(1859年2月16日付け日記)。