alacantonade

精神分析と映画をめぐる読書案内

ロジーヌ&ロベール・ルフォールを読む:『<他者>の誕生』(その5)

*Rosine et Robert Lefort : Naissance de l'Autre, Seuil, 1980.

承前)11月1日。ナディアは発熱で床に就いている。わたしの手をみるが、触れる決心がつかない。そのかわりに(といってもよいだろう)、玩具を手にとる。ゴム製の象。それをほうりなげてわたしにとりにいかせ、ほほえむ。そのうち象がじぶんにあたってしまい、泣く。わたしに両腕をさしだす。わたしはその腕をとり、膝のうえにおく。すぐに、とても不安そうに、わたしの口をさぐる。わたしの指をそうしたように、わたしの 歯をひっぱる。したいことができないかのようにこわばった表情でわたしの口をつよく叩く。とてもかなしそうなようすをして、顔をわたしの肩にうめ、両手でわたしのブラウスにしがみつく。とつぜん、また一本の指でわたしの口にふれ、手ぜんたいでふさぐ……。
 11月3日。ナディアはべつの部屋にうつる。わたしは分析治療の許可を得、新しい部屋でセッションが開始される。わたしはベッドに人形とぬいぐるみをおく。ナディアはぬいぐるみをなめ、それをとりあげ、わたしの口におしあてる。それからつぶやいてじぶんの口におしあてる。またわたしの口におしあてたとき、わたしはぬいぐるみにキスする。ナディアはおどろいたようすでじぶんの口にあて、なめ、またわたしの口にもっていき、口のなかにいれようとし、唇におしあてる。わたしはキスする。ぬいぐるみとナディアの手の両方にキスしているような体になる。ナディアはぬいぐるみを口にもっていき、しばらく不安げにわたしをみつめているが、わらう。この遊戯をなんどかくりかえす。そのとき看護師がおやつのおかゆをもってくる。スプーンを口にはこばれると、ナディアはわたしをみつめたままかたく口をとざす。看護師がむりやり食べさせようとすると、うつろなまなざしで食べ物をうけいれる。看護師が出ていくと、そばにあった人形をとり、はげしくゆさぶって、人形の片手を口にもっていく。歯でその手を噛み切ろうとするが、できない。表情をこわばらせてうんざりしたように人形をたたき、ベッドの端にほうりなげる。それからわたしの膝のうえにきてわたしの口をたたく……。翌日もひよこのぬいぐるみをわたしとじぶんの口におしつけている。ひよこはナディアがじゆうにできる物体=対象になる。まえのようにつかんだ瞬間に放すことはない。わたしにキスさせるという願望をしっかりかなえる。じぶんの意志でほうりなげ、わたしにとりにいかせることもできる。わたしがひろってしたをむくと、わたしの耳にふれ、ながいこと頬をなでることもいまやできる。しかしまた顔をこわばらせ、不安げなようすにもどる。11月7日。ひよこをじぶんのほうにたぐりよせてわたしの手にふれる。こんどはうれしそうに。「玩具はわたしとの接触をうけいれ、それをたのしむ(jouir)媒介となる」。ひよこをおいて、緑の自動車でおなじようにあそぶ。つぎは人形をわたしの膝におく。わたしは人形をなで、ゆする。ナディアはわらい、からだをゆする。わたしから人形をとりあげ、その両手を順番に探索する。人形の両手がまだあるかどうか確認するかのように。しばらくするとわたしが人形にしたことをまねる。その動作をやめ、顔をこわばらせ、人形のスカートをひっぱり、ほうりなげる。感きわまったようすで、わたしの口に一本の指を入れる。夕食後、デザートのビスケットをさしだすと、うけとってなめる。わたしに両腕をさしだす。わたしはうけとめる。ナディアはビスケットをわたしの口にもってくる。わたしはかじる。ベッドにつれていくと吐く。しかし、吐いたのはわたしが背をむけて立ち去ろうとし、ほかの子に声をかけたときであった。わたしがふりかえるとナディアはすこしほほえみ、看護師に着替えをさせられているあいだもほほえんだままである。近づいてさよならをいうと、わたしの口に指を一本いれる。そのとき、かのじょの腕がわたしの頬をかすめる。(つづく)